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JPPA 日本ポジティブ心理学協会
2023年度 第8期 ポジティブ心理学プラクティショナー
養成・認定コース(全課程オンライン講座)のご案内
期の途中からでも受講をスタートしていただけます。
JPPA 日本ポジティブ心理学協会
2023年度 第8期 ポジティブ心理学プラクティショナー養成・認定コース
2023年5月~2024年3月(全30回・総計180時間*・全課程オンライン講座)
期の途中からでも受講をスタートしていただけます。
(*国際ポジティブ心理学会の倫理ガイドラインに基づき、ポジティブ心理学の資格認定は156時間の受講を修了された時点で可能となります。
また、当コースの特徴として、修了後も、追加受講料なしで学習を継続していただけます。)
当コースの通常のご案内は、こちらのページをご覧ください。
【補足のご案内】当コースの特徴~「ポジティブ心理学沼」にはまる
宇野カオリ(主任講師。以下、宇野):当協会の「ポジティブ心理学プラクティショナー養成・認定コース」では、毎期、新しいご案内文を掲載させていただいています。今回は趣向を変えて、基本的なご案内に加えて、コースTA(ティーチング・アシスタント)の堤智子さんとお話しながら、補足的に当コースをご紹介させていただきます。
(当コースのご案内文として掲載するにあたり、後で加筆修正した箇所もあります。何卒ご了承ください。)
堤智子(TA。以下、堤):よろしくお願いします!
宇野:堤さんは、当コースの第4期修了生でもあります。今期も、前期に引き続きTAの継続をお願いさせていただいた際、「私は『ポジティブ心理学沼』にはまってしまったのでいいですよ!」と快諾してくださいました。おもしろいことを仰る、と大笑いしてしまいました。
堤:ポジティブ心理学というのは、思っていた以上に学ぶ事柄が多いです。しかも一言で「どういうものです」と説明しにくい、それはそれは深い沼です。以前学んだことでも、自分が理解していなかったところが分かったり、逆に理解が深まっていたりする発見もあるので、コース修了後も継続して学べるのはありがたいです。
宇野:当コースでは、約1年間の受講期間中に、お仕事やご家庭の都合で、講座を欠席したり、期の途中で受講を中断しなければならない方々もいらっしゃいます。もちろん、講座の録画(受講期間中、いつでもアクセスできます)でフォローしていただくこともできますが、ライブ(リアルタイム)で講座に参加したいという方は、次年度以降、追加受講料なしで、ご希望の講座を再受講していただけます。
堤:「再受講講座」ですね。あと、「オープン講座」というのもありますよね。
宇野:はい。「オープン講座」というのは、受講期間中に出席した講座でも、希望すれば、次年度以降、こちらも追加受講料なしで、何度でも受講できるという講座です。内省に重きを置く講座や、日々の生活の中で意識的に経験を重ねることで会得できるような内容の講座があります。そうした講座には定期的に戻ってきていただくことで、ご自分のよい変化に気づいていただけるという利点があります。
それから、全修了生の方々を対象に、既に学んだ内容をアップデートする講座が必須だと思っています。
ポジティブ心理学というのは科学的な探究ですので、日進月歩で、研究による解明や、応用実践の現場からの事例報告などが更新されています。アップデートを行わないと、10年以上も前に更新されている情報なのに、今日でもまだ有効な情報であるかのように扱ってしまいかねません。実際、そのような情報が、本に書かれてあったり、ポジティブ心理学関連の資格講座でも教えられていたりする、という現状があります。
堤:毎年新たな沼が追加される…アップデートの講座も楽しみにしています!
ところで、このプラクティショナーコースのありがたい点と言えば、欠席しても講座の録画が視聴できることですよね。出席した授業も再度録画で確認できるので、何度でも沼に飛び込めるのがいい!第5期(2020年度)からコロナ禍となって、オンライン講座へと切り替わったことの利点ですよね。
宇野:堤さんは第4期で学んでくださったので、教室で実施した講座としては最後の期となりましたね。もっとも、当時も、教室に機材を持ち込み、TAの方に講義を撮影していただいて、欠席した受講生の方にはその録画を視聴していただいていました。
堤:コロナによるいろんな規制も緩和されてきているようですが、もう以前のように教室での授業はやらないのですか?
宇野:今期(第8期)はまだ教室での実施は見送り、完全オンライン講座となります。将来的にも、基礎理論課程はオンライン講座で実施する予定です。ただ、応用実践課程の講師の先生方の中には、教室での再開を所望されている先生もいらっしゃいます。受講生の中にも、対面で学びたいと希望する方々はいらっしゃいます。
オンラインになったことで、東京以外の各地から参加しやすくなり、海外在住の方も受講してくださるようになりました。また、小さなお子さんと参加されたり、猫がくつろいでいる風景も見られるようになりました。このようなオンラインの良さと、教室ならではの良さをどう統合していくか。
例えば、この5月から始まる「ポジティブ・チェンジエージェント養成講座」(ポジティブ心理学を組織開発に応用した講座)がそうですが、将来的には、一部の実践型の講座は、ハイブリッド型(オンラインでも、教室でも、いずれかを選択して学べるスタイル)にするなどしてもよいかもしれません。
堤:それから、昨年度(第7期)から、年度の途中からでも受講ができるようになりましたね。
宇野:はい。以前より、期の途中で、その期のお申込みフォームを送っていただいたり、「今度はいつから受講できますか?」といったお問い合わせを協会事務局にいただいていました。オンライン講座となり、動画教材なども弾力的に使っていただけるようになったこと、また、「学びたいと思ったときが学びどき」ということもありますので、1年間、お待たせしてしまうことなく、途中からスタートしていただけるようにしました。
既に終了した講座については、再受講講座と同じ扱いとなります。つまり、期をまたいで、同じ内容の講座を受講していただけます。録画視聴による受講時間数が足りていれば、同期の受講生とともに、来年春に修了していただくこともできます。
※期の途中からの受講に関しましては、初回講座(5月20日)のお申し込み受付が終了次第、お申し込みフォームに反映させていただきます。
堤:修了後も無料で受講できることも大きいと思いますが、受講生から「JPPAさん(当協会のこと。英略記は[ジャッパ]と読みます)は良心的だ」という声もよく耳にします。私も一瞬(笑)、費用面で受講を躊躇したのですが、世界中の最新の学術的な内容に日本語で触れられること、あと、単純に、授業の時間数で割ってしまうと、決して高くはないと考え、JPPAでの受講を決めました。
宇野:そう言っていただけると何だか救われます。ポジティブ心理学の学問としてのおもしろみや深み、そして応用実践のダイナミズムなどを、素晴らしい講師陣により、受講生の皆さんに適正な価格でお届けできればと、今の受講料が設定されました。
実は、約10年前に、本邦初の本格的なポジティブ心理学講座としてこのコースを開講したとき、受講料をどう設定してよいか分からないままスタートしてしまいました。私自身が民間で資格講座を開講するというのが初の試みだったこともあるのですが、ペンシルベニア大学大学院での教育方法に準拠した講座、というのが前例のない試みだったのもその大きな一因でした。
ある日、第1期のある受講生の方が、授業の休み時間に私の元に来られて、「先生、この講座、安すぎます」と耳打ちされたんです。そこで、他の生徒さんにも聞いてみたら、皆さん一様に頷かれる。そのようなご意見を受け、第1期修了後、理事会(当時)で、研修などの経験が豊富な修了生の方々にもご同席いただき、今の受講料に改訂になった、という経緯があります。
堤:それはおもしろい話ですね...
宇野:それから、これは初めての開講時から今日まで、自分の内で変わらずくすぶっている感覚ですが、私自身は「資格を付与する」という行為に大きな抵抗感があります。世間一般には、当コースのような取り組みも、いわゆる「資格ビジネス」として括られてしまうのでしょうが、それも実は不本意に思っています。
私は、ポジティブ心理学の創始者の一人で、ペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・セリグマンが、ポジティブ心理学の高等専門教育を行っているペンシルベニア大学大学院で学位を取得しました。その時点で、人様に「ポジティブ心理学を教える」ことは一通りできるようになったかもしれません。ただ、「資格を付与する」という社会的な責務を担うに足る存在になったのかどうか。
この点、セリグマンに相談したら、「私があなたに(人に資格を付与する)資格を与えましょう」と言われました。私が大笑いしたら、セリグマンも自分で言ったことにウケたらしく笑い合ったのですが、いずれにせよ、教えることと、資格を付与することは、別問題だと思いました。
ただ、この点は、第1期の開講前に、理事会で、「生徒にとって、資格を取得するというのは、学ぶモチベーションになる」「自分たちの協会でやらなくても、ポジティブ心理学の資格講座は、近い将来、乱立するのではないか。そのときに受講生から、『何でこちらの協会では資格が取れないのか』と不満が出るのではないか」と指摘されました。それもまたごもっともな意見だと思いました。
堤:私も、もし資格が取れない講座だったら、学べることは学べるのでそれはそれで満足ですが、講座が終わった後で、ちょっと残念だなと思ったかもしれません。
宇野:やはりそうですよね。そこで、理事会での意見と、自分の抵抗感との暫定的な折衷案として、当コースでの資格取得は、「パスポートを取得する」というコンセプトでいこうと思いました。講座が続く限り使えて、学び続けることができる永年パスポートです。資格を取得することがゴールで、名刺に資格名を印刷して終わり、ではなく、パスポート、つまり資格を取得した時点で、皆さんはさらなる発展へのスタート地点に立つ、といったイメージです。
ポジティブ心理学はまだ比較的新しい分野であることもあり、あらゆる取り組みが初の試みで、なかには画期的なものもあります。当コースのこうした「資格取得=パスポート取得」というコンセプトも、そうした「ポジティブ心理学らしさ」の一端を示すものであってほしいと思っています。
宇野(続き):ただ、もちろん、これは強制ではありません。皆さんなかなかお忙しいこともあって、資格を取得したらもう学習を継続されないという方も多くいらっしゃいます。それでも、これから先々、ふと、また久しぶりに学んでみたいと思ったら、帰って来られる場所でありたいと思っています。
堤:講座がある限り、一生学び続けられる。大変ありがたいです。でも私みたいな生徒が増えたら、どんどん時間単価下がりますけど、協会は大丈夫ですか?!(笑)
ポジティブ心理学の探究とは~「ポジティブ心理学は、幸福学の範ちゅうを超えたもの」
宇野:堤さんの「ポジティブ心理学沼にはまる」ですが、ポジティブ心理学の包括するテーマの幅広さ、研究と応用実践の両輪という特徴、そして、先ほど述べた、科学としての探究であることなどを考え合わせると、ずっと学び続けることは、あるいは必然的なことなのかもしれません。
堤:ガイダンスの授業の中で、象の絵で、ポジティブ心理学の幅広さについて説明されていたことがありましたね。
宇野:「群盲象を評す」という、インドに由来するという寓話がありますが、その喩えを用いました。ポジティブ心理学はいわば「巨大な象」で、多種多様な研究や応用実践で構成されている分野なのですが、象の体の一部に触れた途端、「ポジティブ心理学とは何々だ」と言い切ってしまうことの危険性を示唆しました。
当コースの授業スライドの一(ガイダンスより)
宇野(続き):今までに、ポジティブ心理学について最も多く引用されてきた定義は、「私たちが幸せになることを科学的に研究する学問」とか「幸福(感)についての心理学」といったように、「幸せ」「幸福(感)」といった言葉が伴うものだったかと思います。「ポジティブ」心理学ですから、「ポジティブになるための学問」といった定義が出てきてもよさそうなものですが、不思議とそれは目にしたことがありません。
いずれにせよ、「幸せ」や「幸福(感)」というのは、ポジティブ心理学のほんの一側面に対する言及であって、ポジティブ心理学が「巨象」であることを正しく言い表した定義ではないのです。あと、「幸せ」や「幸福(感)」という言葉を使った定義は、ポジティブ心理学研究では使われていない定義であることにも注意が必要です。
堤:私もこの講座で学ぶまでは、ポジティブ心理学は幸せについて研究しているとばかり思っていたので、幸せというのが研究では使われていない定義だと聞いて驚きました。
宇野:確かに、ポジティブ心理学の幸福(感)研究では、「幸せ」をどう定義するかを押さえた上で、幸福感を高めるための条件やプロセスについて科学的に解明しています。ただ、「幸せになる」ことに加えて、「幸せになる」こと以外にも大切なことはありませんか?というのが、ポジティブ心理学の巨象が示唆するところです。
堤:誰でも幸せになりたいというのはあると思うので、「私たちが幸せになることを科学的に研究する学問」と言っても、これはこれで魅力的な定義のようですが…
宇野:この定義は、大衆受けはよいのですが、万人に当てはまる定義かと言えば、必ずしもそうではない、ということが、最近の研究でデータとともに明らかにされています。
ここでは実例を紹介したいのですが、スタジオジブリの宮崎駿監督について、YouTubeにこのような映像があります。
(気になる方はチェックしてみてください。)
宇野(続き):宮崎監督の映画で、世界中の多くの人が深い感動に包まれた経験をしたと思います。実は、かく言う私も、感動の赴くまま、バックパッカーとして、「風の谷のナウシカ」のモデルとなった地との説があるパキスタンのフンザを訪ねたことがあります。
宮崎監督のような、極めて高度なクリエイティビティ(創造性)を発揮する人について、ポジティブ心理学は中核的な研究対象としています。宮崎監督のようなプロでなくとも、私たちは誰でも日常的にクリエイティブな活動をしているわけですが、ポジティブ心理学では、特に卓越した人を研究することによって、私のような凡人のメカニズムも自ずと解明される、という発想をしています。
研究によると、高度なクリエイティビティの発揮は、決して「幸せになりたい」といったことがその活動力の源泉になっているわけではないことが分かります。むしろその逆の場合もある。極限まで自分を追い込んで作品を世に送り出すこともあると。また、物事に没頭し、集中の只中にいる(エンゲージメント)状態のときは、幸福感は関係しないことが解明されています。
一人の優れたクリエイターから生み出された作品に触れることで、大勢の観衆の幸福度はアップするかもしれないけれども、作品を生み出す本人はそんなことははなから目指していない。自分が幸せになることに関心など持っていたら、その他にも人の心を深く打つ芸術作品は最初から生まれなかったかもしれません。
堤:コースのテキストでもある、宇野先生が翻訳されたピーターソン先生の『ポジティブ心理学入門』(クリストファー・ピーターソン著、春秋社)には、「ポジティブ心理学は、幸福学の範ちゅうを超えたもの」と書かれています。今言われたようなことと関係しているのですね。
宇野:ポジティブ心理学に初めて触れる方で、この本を知らないという方のためにちょっと補足させていただきます。ピーターソンというのは、セリグマンとともに、ポジティブ心理学の礎を築いてきた学者で、ミシガン大学心理学部の教授でした。約10年前に、62歳の若さで急逝しましたが、ポジティブ心理学への功績は多大で、VIA[ヴィア]キャラクターストレングス(character strengths. ピーターソンによる原義と、心理学史における言葉の変遷を汲み、宇野の造語訳で「徳性の強み」)の開発者として知られています。また何より、人間味溢れる方で、本当に多くの人から愛されました。
ピーターソンを知っているのと知らないのとでは、ポジティブ心理学の理解が根本的に異なる、というぐらいの人です。「ポジティブ心理学について最も短い言葉で説明したら?」との問いに対して、「他者は重要だ(Other people matter.)」という言葉を残しています。ただ、3語というあまりに短い言葉であるためか、この言葉に込められた真意は、学者たちの間でもあまりよく理解されていないようです。いずれにしましても、この言葉は頻繁に引用されて、今日においてもその名が多くの人の口に上らないことはないという人物です。
ピーターソンは、生前に一度だけ、ポジティブ心理学と幸福学に関するレクチャーを行ったことがあります。ピーターソンによると、「幸福学(Happiology)」(初出は『実践入門ポジティブサイコロジー』2010年刊。『ポジティブ心理学入門』の初版で、現在は絶版)というのは、人々が「幸せになる」ことを、科学的な研究が解明していること以上に単純化したり、強調したりする傾向のことを称したものだそうです。具体的に、幸福学という学問体系があるわけではないのですが、ポジティブ心理学研究の一部を引用するなどして「学問らしく」見える(見せる)のと、権威ある大学名とともに発信されるために、一般の人が信じやすいという特徴から、「学(-ology)」と付いているそうです。
そんな幸福学が、「ポジティブサイコロジー(Positive Psychology. ポジティブ心理学の英名称)」という少々センセーショナルなネーミングと相まって、ものすごい勢いで世界中のメディアを席巻した現実に、ピーターソンは随分と苦しみました。ポジティブ心理学の創始者として、セリグマンたちと一からポジティブ心理学を築き上げてきた人間として、ポジティブ心理学の科学を軽視、あるいは歪曲した「幸福学」が、「ポジティブ心理学」として人々の間にまことしやかに広まっていく有り様を目の当たりにして、失望を深めていったのです。
当コースの授業スライドの一。幸福学ブームに乗じて次から次へと出版される本の装丁は、多くが黄色系で、スマイリーマークが付された。
宇野(続き):アメリカにおける幸福学の台頭は、時期にして、2005年頃から5年間くらいでした。その頃にポジティブ心理学に触れた人は、「ポジティブ心理学は幸せについての学問」といった理解で、今日まで何の疑問も持たずにきていると思われます。幸福学の余波は、そういった人たちによって形成されていると思われます。
『ポジティブ心理学入門』の原書は、アメリカで2006年に出版されました。まさに幸福学の旋風が吹き荒れる最中に書かれた本です。ピーターソン本人の執筆の動機は、真実とはかけ離れた「ポジティブ心理学」が人々に受容されていく現実から気をそらし、自らの苦しみを紛らわすためであったと聞いています。
(左)『ポジティブ心理学入門』の原書、A Primer in Positive Psychology(Oxford University Press)。
(中央)『ポジティブ心理学入門:よい生き方を科学的に考える方法』(春秋社)。装丁は、当時のアメリカにおける幸福学一辺倒の風潮を揶揄すると同時にけん制する意味で、宇野の発案で決定したが、ピーターソン自身はこの装丁を見て目を白黒させた。
(右)『幸福だけが人生か?:ポジティブ心理学55の科学的省察』(クリストファー・ピーターソン著、春秋社)。ピーターソンの絶筆。原書も没後に出版された。
宇野(続き):このように、「幸せ」「幸福」という言葉を引用してのポジティブ心理学の定義については、ポジティブ心理学が創始されてから今日までの約25年間における社会的浸透の歴史と深く関わっています。幸福学によるポジティブ心理学への根強い誤解について、ピーターソンは自らの苦しみとして受けとめたわけですが、ピーターソン以外にも、「自分は幸福学と闘っている」と公言している主要なポジティブ心理学者(ポジティブ心理学研究に従事している学者のこと)は何人かいます。
これ以上は、ご案内としてはさらに長くなってしまうので省きますが、講座では引き続き、一般の本には書かれていないこうした「生身の人間たち」の歴史についても学習し、ポジティブ心理学に対する理解を深めていきます。
堤:私は、確かこのコースを修了した直後だったから第5期だと思うのですが、第5期の案内文に掲載されていた、西川耕平先生による「2つのポジティブ」の図が、ポジティブ心理学のスタートとして分かりやすいと感じた覚えがあります。図では「幸福」という言葉が使われていないので、今宇野先生が仰ったようなことを知らなくても、ポジティブ心理学を正しく理解できるように思います。
宇野:はい。第5期の修了生の方々からも同じような声をいただきました。西川先生には、第5期から、応用実践課程の講座に加え、基礎理論講座のガイダンス授業で、「ポジティブと自己理解」というテーマでご登壇いただいています。
この前、西川先生に伺ったところ、図はその後アップグレードされて、4象限になったようなのですが、出典(西川先生の学術論文)が確認できるまで、取り敢えず、第5期のご案内文で掲載した版を再掲載させていただくことにします。
宇野(続き):「群盲象を評す」から始まって、宮崎駿監督の言葉、アメリカにおける幸福学の歴史、そして西川先生の「ポジティブの2つの次元」と、話にまとまりがあるようなないような方向で話が流れてきてしまいました。ちょっとここで、一見すると今までの話と矛盾してしまうような話ではあるものの、もしかすると今までの話に共通する根幹を押さえられるかもしれない話をさせてください。
私たちは通常、病気になると病院に行きます。特に、難病であったり、治療が難しい病気であったりする場合には、血まなこになって、その病気に精通した専門性の高い名医を探します。
「自分が幸せになりたい」、あるいは、「人を幸せにしたい」という場合、病気を治すのと同じような真剣さが伴わないで済ませられているのはなぜなのでしょうか?「幸せになる、ならない」は、病気の治療とは違って、命に別条はない問題だからテキトーでも構わない、などと思われてはいないでしょうか?
もしご自分に、真剣に幸せになる覚悟があるのであれば、一度試しに、ポジティブ心理学を求めていただきたい。そうすれば、ポジティブ心理学がご自分の覚悟に見合うだけのものを提供してくれる分野であるかどうか、見極められるようにもなるはずです。
ウェルビーイングの科学・ポジティブ心理学~「よい生き方」や「よい社会」の探究
堤:改めて、ポジティブ心理学の定義ですが、昨年の授業で、ポジティブ心理学は、「ウェルビーイングの科学」として理解されていると説明されていました。
宇野:「ウェルビーイングの科学的な研究について、最もよく知られた総称がポジティブ心理学」というのが、最近の複数の学術論文に明記されている定義です。ただ、これは、最近になって新たに出てきた定義というわけではなくて、ポジティブ心理学は元々、ウェルビーイングの構成要素である「よい生き方」や「よい社会」を科学的に探究する学問なのです。
先ほど、ポジティブ心理学として包括されるテーマが幅広いと言いましたが、それらのテーマはほぼほぼ、「ポジティブな経験」と「ポジティブな特性」(よい生き方)、そして両者を促進するポジティブな制度(よい社会)のいずれかに分類することができます。
(3つの分類の詳細については、こちらのご案内ページの「ポジティブ心理学研究・実践の3本柱」でご覧いただけます。)
2005年頃からの幸福学の台頭もあって、一般の目には、しばらくこの「よい(good. 宇野の解釈では「良い」と「善い」の両面があるため、翻訳書などではひらがな表記で統一しています)」という概念がやや隠れた形となっていたように見受けられます。加えて、1980年代からの流れで、ウェルビーイング研究が今日ますます本格化してきたのとで、最近より鮮明に表に出てきたと言ってもよい定義かと思います。
堤:英和辞典で検索すると、「ウェルビーイング(well-being, wellbeing)=幸福」何々と出てくるのですが、先ほどの「幸せになる」の定義と同じで、この捉え方だと、ちょっと混乱しそうですね。
ポジティブ心理学は「幸せを科学的に研究する学問」では正しく捉えられない。でも「ウェルビーイングを科学的に研究する学問」だとOK?って…
宇野:これは、(当コースの)授業でもいつも触れる点ですが、一般の辞書と、心理学専門の辞書を混ぜてしまうと、訳が分からなくなってしまうのがこの辺の議論です。この点は引き続き、授業で丁寧に見ていくことにしましょう。
ただ、定義については、このように観念だけで議論していると、どうにもきりがないようにも思えます。最近、科学的なデータをもって、この辺の問題をより明確にしようとする画期的なウェルビーイング研究がアメリカで発表されました。その研究論文は、ペンシルベニア大学のメーリングリストで流れてきました。「この論文を読んでください!!」と、興奮気味な言葉も添えられていました。私は途端、ピーターソンが天国で手を叩いて称賛する様子が目に浮かびました。
ウェルビーイング研究は科学的な取り組みですから、徹頭徹尾、科学的にアプローチすべき、とこの研究に強くリマインドされた思いでした。この研究論文についても、今期の授業で引き続き取り上げていきたいと思います。
幸福(感)研究も、ウェルビーイング研究も、ポジティブ心理学のムーブメントを拒否する一部の学者たちを除き、おおよそポジティブ心理学の傘下に集結しています。実際に、海外では、研究も実践も既に豊富で、日本の10年か15年ほど先を行っている感じですから、私たちは、道を切り拓いてくれた先駆者たちの労苦に感謝しながら、虚心坦懐に、彼らの智慧に学んでいけばいいのではないかと思います。
堤:最近、ウェルビーイングという言葉を企業の経営課題に入れるのが流行っているようですよ!
宇野:今日のような状況は、あらゆる方々のご尽力があってのことだと思います。これは私の個人的な見方かもしれませんが、昨今の日本における、いわゆる「ウェルビーイングブーム」の具体的な火付け役となったのは、約5年前のセリグマンの来日だったように思います。世界中で、セリグマンが動く先々で、ポジティブ心理学に関する何らかのムーブメントが起きています。セリグマンは、「人を熱狂させる天才」と言っていいかもしれません。
とはいえ、セリグマンが初めて来日した約25年前には、当時を知る方々に伺った限りでは、何の主だった動きも起きなかったようです。そのため、今のウェルビーイングブームは、やはり時代の要請というか、機が熟していた、ということが大きかったと思います。日本全体として目指せる「共通目標」のようなものが求められていたということもあるのではないかと考えています。
現在のウェルビーイングブームの起こりが、ビジネス主導で、アカデミック主導ではなかったことを危険視する大学の先生方もいらっしゃいます。ただ、もし火付け役が本当にセリグマンだったとすれば、そこに一条の光はあるわけです。
ただ、これは、第7期の受講生の方からの質問で知ったのですが、現在、「幸福」と「ウェルビーイング」の関係について、科学的な根拠の薄い、妙な解釈が出回っていることが気になっています。この点は、これから当協会で調査して、また改めて別の機会に皆さんにお伝えできればと思っていますが、もしかするとその出処の一つは、セリグマンの『ポジティブ心理学の挑戦』(マーティン・セリグマン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)なのではないかと思い当たる節があります。あの本に書かれている、セリグマンの文脈における「幸福」と「ウェルビーイング」が正しく理解されずに喧伝されてしまっている結果なのかもしれないと。文脈を離れてしまうと、言葉はオバケとなって浮遊します。「持続的幸福」という造語訳の真意も、どこかで一度、ちゃんと説明しないといけないと思っています。
(左)『ポジティブ心理学の挑戦』の原書、Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being(Simon & Schuster)
(原タイトルの直訳:『開花繁栄:幸福とウェルビーイングに関する先見の明に満ちた新たな理解』)
(右)『ポジティブ心理学の挑戦:"幸福"から"持続的幸福"へ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
堤:幸福とウェルビーイングについては、授業が終わってからも、〇〇さん(質問した第7期受講生の名前)と熱い議論が続いていましたね。
宇野:あの本の中で、セリグマンは、「私は『幸せ』という言葉が大嫌いだ」と書いています。あの本が出版されたのは2011年でしたが、この言葉は、今日でも、セリグマンが折に触れて口にする言葉です。
ピーターソンの幸福学云々という小難しい言い方よりも、セリグマンの露骨な言い方のほうが効き目はあったようで、国際ポジティブ心理学会の世界大会(2年に一度開催される、研究者と実務家による集い。今年は7月末にカナダのバンクーバーで開催)では、回を追うごとに、「幸福」という言葉が徐々に消滅していき、今では「ウェルビーイング」へとすっかり塗り替えられました。
ポジティブ心理学の礎を築いた二人、(左)マーティン・セリグマン(白黒写真だが存命)、(右)クリストファー・ピーターソン(2012年逝去)。ピーターソンを紹介するときに、セリグマンが好んで使う写真。その他にも、自己効力感で著名なアルバート・バンデューラ、フロー理論やクリエイティビティ(創造性)研究で著名なミハイ・チクセントミハイ、主観的ウェルビーイング(主観的幸福感)研究の先駆者として、没後の再評価が始まっているエド・ディーナー(いずれも2021年逝去)など、大勢の第一線の学者たちが一同に集い、自分たちの研究成果を惜しみなく分かち合い、分野の礎を築いていった。
宇野(続き):ただ、このような「幸福」から「ウェルビーイング」への転換は、セリグマンという権威による、いわばトップダウンの動きでしたので、それぞれの概念について、周囲の理解が追いついていないところがあるように見受けられます。そのような状況の中で、セリグマンの本に書かれてあることを、字義通りに解釈してしまう、ということが起きているのかもしれません。
ピーターソンは、こうしたセリグマンの動きに対して、「『(幸福学の)幸福』がただ鞍替えしたような『ウェルビーイング』」が蔓延することも恐れていました。
堤:ピーターソン先生は、ポジティブ心理学に、本当にいろんなものを見ていたのですね。
宇野:ピーターソン本人としては、期せずして、ちょうど幸福学の全盛期に自分の人生の最期があたってしまったので、ポジティブ心理学の未来像が曇ってしまったということがあったのではないかと思います。けれども、もっと長生きして、長い目で、数々の事象の移り変わりを眺める余裕が許されたとすれば、きっと幸福学についても見方を変えて、「(ウェルビーイングへの)鞍替え上等」というような境地にでもなれたのではないかと思うのです。
ポジティブ心理学の未来にとって、幸福学は悪影響を及ぼさないどころか、影響力自体持たないのかもしれないということは、ピーターソンがこの世を去って以来、約10年かけて、私自身のこの目で確認できたように思います。
「よい研究とよい実践こそが、ポジティブ心理学の未来を創る」とは、ピーターソンが、幸福学によるポジティブ心理学へのダメージを心配する教え子たちに向けて、何度も繰り返し言っていたことでした。これからもまた、それは真実であり続けるでしょう。
ポジティブ心理学の歴史を評価する上で、確かに、幸福学の中身には問題があるにせよ、幸福学の担い手たちがポジティブ心理学の知名度を高めてくれ、その名を社会に定着させてくれた、という側面はあったと思うのです。ということはきっと、幸福学の担い手たちは、「幸福」に対するのと同じような調子で、今度は「ウェルビーイング」を通して、ウェルビーイングの研究や実践の宝庫のようなポジティブ心理学にさらなる光を当て続けていってくれるのではないかと。
堤:そうやって、ポジティブ心理学が正しく理解されるような日が来るとよいですよね。
宇野:本当にそうですね。昨今の日本におけるウェルビーイングブームは、ポジティブ心理学にとってはむしろありがたいことだと私は思っています。何よりも、ポジティブ心理学について、人様に飛躍的に説明しやすくなったという状況が、一昔前に比べるとまるで奇跡のようです。
「ウェルビーイング=幸福」という現在の捉え方についても、今後、本格的な議論が高まっていくことで、「幸福」以外の適切な訳語が検討されていくのではないでしょうか。実際に、中国のポジティブ心理学者たちの間では、そうした問題意識が高まっていると聞いています。
ウェルビーイングの科学に関心を持たれている全ての方に、世界中の人を惹きつけてやまないポジティブ心理学を知っていただけるような機会が訪れたら、どんなに素晴らしいことか知れません。
ウェルビーイングのスペシャリスト養成~世界基準でポジティブ心理学を学ぶ
堤:講座の中では、セリグマン先生やピーターソン先生のほかにも、ポジティブ心理学のいろんな学者たちが出てきますよね。
宇野: ご案内(このページ)では紹介しきれないのですが、ポジティブ心理学者は世界中に数え切れないほどいます。ポジティブ心理学は学問ですので、一つの考えをめぐって、複数の研究者たちによる信憑性の高い学術論文を読み、多角度的に理解していく作業が求められます。研究を知るためには、本ではなくて論文にあたるしかない場合も多くあります。しかしなかなか、特に社会人は、仕事をしている傍らで、そんな手間暇が取れる人はほぼ皆無です。
ポジティブ心理学研究が行われている国/地域。※図中の国/地域名の翻訳は、後日付す予定です。
Wang F, Guo J and Yang G (2023) Study on positive psychology from 1999 to 2021: A bibliometric analysis. Front. Psychol. 14:1101157. doi: 10.3389/fpsyg.2023.1101157. Figure 2. Map of countries/regions in positive psychology research.より転載。
宇野(続き):実務家の方々が常に求めているのは、信憑性の高い論文として発表されている研究が、正しく、かつ分かりやすいように噛み砕かれ、それが自分たちにとって有益な知識となるとか、自分たちの現場で即戦力に繋がるような応用実践の技法が習得できるとかなのです。ところが、論文が噛み砕かれる段階で、元の研究が損なわれてしまう場合が多い。
ほとんどの方が自己啓発系の本などで目にする「ポジティブ心理学」は、分かりやすいかもしれないけれども、もはや実際の研究からはかけ離れてしまい、正しいとは言えない知識である場合も多々あります。もちろん、このようなことは、ポジティブ心理学に限らず、どの分野でも同じようなことが起きているわけですが。
「信憑性の高い」と言いましたが、字面(じづら)だけで情報収集すると、全て一律でフラットに見えるため、限られた理解しかできないことにも注意が必要です。
例えが適切かどうかは分かりませんが、果物が陳列されているのを見ると、新鮮な果物が揃っているものと思いがちです。ただ、よくよく見てみると、中には腐った果物もあるかもしれません。何か本質で、何がそうではないのか。何が純粋に学問由来で、何が政治的、あるいは恣意的な人間関係の影響によるものなのか。
「巨大な象」ポジティブ心理学の全貌を正しく理解するためには、フラットではなく、凹凸の強弱や、その行間を読み解いていくような作業が必要となります。それが、独学で本を読むのだけでは得られない、このようなコースで包括的かつ体系的に学ぶ最大のメリットかもしれません。
堤:私も、このコースで学ぶ前は、自分でポジティブ心理学の翻訳本などを読んでいましたが、このコースで学んでからは、本には書かれていない背景などについても想像ができるようになりました。
宇野:独学でも極められる人はいないことはないですし、私もそのような方々にお会いしては感銘を受けてきました。ただ、ポジティブ心理学のように、研究者も実務家も大勢が集まって形成されている分野については、やはり大勢の人たちとの交流の中で得ていくものが大きいと思います。それが、当協会で促進している「ラーニング・コミュニティ」です。
セリグマンは、ペンシルベニア大学大学院で、約20年前に、ポジティブ心理学の高等教育に乗り出し、ウェルビーイングの研究と実践のスペシャリストの養成を始めました。ウェルビーイングのスペシャリストは、ポジティブ心理学として体系化されているウェルビーイングの科学を、広く社会に応用していくことが期待されています。
当コースは、約10年前の第1期開講以来、ペンシルベニア大学大学院で採用されている教育方法に準拠しています。今日的な状況を考えれば、私自身がそのような教育方法しか知らなかったということが、むしろ幸いしたかもしれません。
当コースで学んだ皆さんには、ウェルビーイングのスペシャリストとして、ますます活躍の幅を広げていただきたいと願っています。将来に向けて、ウェルビーイングをめぐり、新たな職も創出されていくことでしょう。20年前から変わらず、セリグマンの関心事の一つは、まさにそこにあります。
2019年度ペンシルベニア大学年次大会で、教え子たちの前で話すセリグマン。セリグマンが自分の考えていることを心置きなくカジュアルに話せる、数少ない場所の一つ(宇野撮影)。動画は、字幕等の準備が出来次第、掲載します。
宇野(続き):ポジティブ心理学は、よく「エポックメーキング」(epoch-making. 社会や文化に大きな変革をもたらす有意義な出来事や発見。いわば画期的なこと)と称されます。「幸福」から「ウェルビーイング」への転換は、ポジティブ心理学がエポックメーキングとなる素地作りのほんの小さな一歩であったにすぎないと考えられます。
セリグマンの、「私は『幸せ』という言葉が大嫌いだ」発言は、ポジティブ心理学の独自の文脈で理解する必要があります。つまり、「幸せ」という言葉があまりにも私たちの日常に馴染みすぎているために、いつまで経っても、人々の意識が、私たちが日常感覚で捉えているところの「幸せ」で停滞しており、本来のポジティブ心理学の指し示す大きなスコープへと切り替わらないことに対して、セリグマンが業を煮やした結果とも受け取れます。
先ほど、巨象であるポジティブ心理学を見誤る定義として、「ポジティブ心理学は幸福(感)についての心理学」という定義がよく引用されていることに触れましたが、この「心理学」というのも、一般的に知られている「心理学」と、ポジティブ「心理学」とでは、スコープが違うことを知る必要があります。
こんなエピソードがあります。自分の研究発表のために、他州の大学からペンシルベニア大学ポジティブ心理学センター(セリグマンが所長を務める、大学付属の研究棟)を訪れた大学院生がいました。セリグマン研究室のメンバーの前でのプレゼンが一通り終わると、セリグマンは憮然として、「それは『心理学』の研究だ」と言ったのです。大学院生はきょとんとした顔をしていました。そして、「つまらない」と言い放ったのです。
ただ、セリグマンは昨年で齢80となり、ペンシルベニア大学の自分の教え子たちに向けて、「もう自分は、ポジティブ心理学を牽引するという役目からは引退した。これからはあなたたちがポジティブ心理学を担っていきなさい」と宣言しました。ポジティブ心理学の真価は、今後も長い時間をかけて問われていくことでしょう。
堤:これはもう、ポジティブ心理学とは一生の、というか、世代を超えてのお付き合いになることは確定ですね(笑)。
宇野:実はそれこそが、セリグマンの本で、「持続的幸福」という訳語に込めた意味の一つなのです。ポジティブ心理学とご縁のあった方は、皆さん長いお付き合いになってほしいと願っています。
ピーターソンがずっと苦しんだ幸福学、そしてセリグマンが忌み嫌う「幸せ」について、私宇野はどう考えるか、このコースでも受講生の皆さんにお伝えしています。
幸福学でも、自分が常日頃大切にしている幸せでも、山の入り口はどこでもいいので、そのままポジティブ心理学の山の頂上を目指して登り続けてほしい、ということです。山の入り口付近でちょっと遊んだだけで、つまり、巨象のほんの一部しか触らで、「ポジティブ心理学ってこんなものか」と思って下山してほしくないのです。
当コースで学んでいただくことで、皆さんの登山のための良きガイドともなれれば本望です。長い道のりですが、お互いに励まし合いながら、楽しく登っていければと願っています。
客観的データで見るポジティブ心理学~第一人者から学んで徹底理解する
宇野:ご案内の最後になってしまいましたが、具体的に、ポジティブ心理学の包括する科学的な研究としてどのようなものがあるか、最近出たばかりの論文からご紹介できればと思います。
これは、「ビブリオメトリクス(計量書誌学)」という手法を使って、研究の発展動向を定量的に示そうとする試みです。
ポジティブ心理学の研究論文における参考文献の共引用ネットワーク分析から得られたクラスターの可視化。※図中の各クラスターの翻訳は、後日付す予定です。
Wang F, Guo J and Yang G (2023) Study on positive psychology from 1999 to 2021: A bibliometric analysis. Front. Psychol. 14:1101157. doi: 10.3389/fpsyg.2023.1101157. Figure 7. Reference co-citation network analysis of publications in positive psychology research. Cluster visualization of the reference co-citation map.より転載。
堤:この図は、世界地図か何かですかね?
宇野:確かに、世界地図のようにも見えますね!これは、CiteSpaceというソフトウェアを使って生成された、共引用分析(学術文献間の引用関係を分析する手法の一つ。特定の分野において、最も影響力のある研究者や研究テーマなどの情報を客観的に把握することができる)のクラスターを可視化した図です。分析の結果、大きなクラスターとしては28あって、うち最大の11のクラスターは上の右の表(※モバイル表示では下の表)のとおりです。
ただ、この分析は、中国人研究者たちによる力作ではあるのですが、まだ分析途上というか、完全なものではないということを論文の査読委員に確認しています。ただ、大筋のところではポイントが押さえられていると思います。
この図で注目いただきたいのは、「キャラクターストレングス」という研究分野の広がりの大きさです。キャラクターストレングスは、ウェルビーイングの議論に欠かせない概念です。キャラクターストレングスが「ポジティブ心理学の屋台骨(バックボーン)」とも称される所以です。
キャラクターストレングスでは、「徳」や「最高善」という概念が鍵となりますが、ギリシャの哲学者にして万学の祖であるアリストテレスに由来するこの概念は、ポジティブ心理学では科学的な探究の対象となっています。私はアメリカで初めてポジティブ心理学に触れ、最先端の心理学の科学で最古の叡智を扱っていること、何よりも、形而上学的な概念に対して、心理学で果敢にアプローチするという姿勢に、ピーターソンの授業中、椅子から転げ落ちるような大きな衝撃を受けたことを昨日のことのように覚えています。
堤:今年はキャラクターストレングス講座のテキストとなる翻訳書もできあがるということで、受講生の皆さんの学びが深まりそうですね。
宇野:はい。キャラクターストレングスは、学校における「ウェルビーイング教育」(「レジリエンス教育・ポジティブ教育」のこと。近年は「ウェルビーイング教育」と称されることも多い)の現場には欠かせない、中心的な概念であり、実践的な介入方法です。ウェルビーイング教育では、キャラクターストレングスを活用することにより、社会的スキルの獲得はもちろんのこと、学業成績も伸ばしていくことが主眼となっています。
(左 ※モバイル表示では上)今年中に出版予定の『キャラクターストレングス:「徳性の強み」でよく生きるポジティブ心理学』(ライアン・ニーミック著、春秋社)の装丁ラフ(装丁の色味は、印刷時に変わる場合があります)。装丁デザインは、原書にある白黒の図に彩色し、一部アレンジした。24の徳性(小さな丸で表示)からウェルビーイング向上にアプローチしていく。サブタイトルの「よく生きる」は、「良く生きる」と「善く生きる」の両義から平仮名表記とした。
(右 ※モバイル表示では下)ポジティブ教育を全面導入し、生徒たちのウェルビーイング向上を目標に掲げる、オーストラリアの小学校の様子(宇野撮影)。天井から吊るされた飾りのそれぞれに、24の徳性が色彩豊かに描かれている。宇野が視察に赴いた当日は、偶然にも、佐々木禎子さんの千羽鶴の紹介とともに、広島の原爆に関する授業が行われていた。
宇野(続き):海外のポジティブ教育の現場の視察に行くと、子どもたちにキャラクターストレングスがしっかりと根付いている様子に感銘を受けたりします。こうした実践は日本でも始まっていまして、当コースの第3期の修了生の方などが既に学校を対象に実践介入を行っています。
テキストが揃うこともあり、今期から、当コースでは、キャラクターストレングスに関するより本格的な講座をスタートさせます。今までの3名の講師(講師紹介の欄参照)に加え、新たな4人目の講師に、ピーターソン亡き後、キャラクターストレングス研究の第一人者としてポジティブ心理学を牽引してきた、スイス・チューリッヒ大学心理学部教授で、スイスポジティブ心理学協会(Swiss Positive Psychology Association: SWIPPA[スウィッパ])元代表のウィリバルド・ルフにお迎えします。ルフは、セリグマンにより、「新生クリス・ピーターソン」と命名された人です。ヨーロッパのポジティブ心理学の若手研究者や実務家の多くは、ポジティブ心理学の初期の頃に、ルフから指導を受けています。また、私の共同研究者であり、よき理解者でもあります。
ポジティブ心理学の研究論文による著者マップ。※図中の各研究者名の翻訳は、後日付す予定です。
Wang F, Guo J and Yang G (2023) Study on positive psychology from 1999 to 2021: A bibliometric analysis. Front. Psychol. 14:1101157. doi: 10.3389/fpsyg.2023.1101157. Figure 5. The authors’ map of positive psychology research.より転載。
宇野(続き):上の図の、ポジティブ心理学者としての研究の影響力を示す客観的指標で、最も大きな丸(オレンジ色)で表示されているのがルフです。あと、この図でもう一つ印象的なのは、ピーターソンが亡くなってもう10年になるのに、いまだにセリグマン(緑色の丸)に最も近い位置で、丸(水色)が大きく記されていることです。短い人生だったけれども、それだけ大きな業績を、ピーターソンは私たちに遺していってくれた、ということです。
日本の皆さんにとって、この図に示されている研究者名は、ほとんど触れたことのない名前ばかりだと思います。第一線の学者は、研究に加えて、大学での教育指導などでかなり忙しいので、なかなか皆さんとお目にかかれないのです。ルフは、幸いと言っては何ですが、今年で定年を迎えました。そのタイミングを見て、今期から当コースの講師に引っ張り込みました。
当コースには今まで、国内のみならず、海外からもポジティブ心理学の研究者や実務家をお招きして指導していただきました。これからも皆さんには、国内外の優れた講師に触れていただければと思っています。どんな質問をしても、何でも答えてくれます。時間など気にせず、今までと同じように、授業終了後でも皆さんが心ゆくまで延長時間を設けますので、どうか遠慮せず、ご自分が納得するまで質問していただければと思います。(海外講師との質疑応答は、宇野が通訳を務めますのでご安心ください。)
そうやって、キャラクターストレングスを確実に自分のものにしていただき、ご自分たちの現場で存分に活用していっていただければと思っています。
堤:ルフ先生のYouTubeの動画を見てみましたが、ルフ先生はユーモア研究でも有名なのですね。
宇野:はい。ルフは元々、ユーモア研究で知られていました。ユーモアというのは、キャラクターストレングスの24徳性の一つですが、ピーターソンがVIAキャラクターストレングスの分類体系を開発した際、ユーモア研究の専門家として開発チームに参画したのがルフです。
それで、昨年、スタンフォード大学ビジネススクールの『ユーモアは最強の武器である』(東洋経済新報社)が出版されて人気であることもあり、ユーモアに対する関心も高まっているということもあると思いまして、今期は特別に、ルフに、キャラクターストレングス研究のレクチャーに加えて、ユーモアの科学的な研究についてもレクチャーしてもらうことにしました。
堤:こちらも楽しみです!第8期もどうぞよろしくお願いします!
(上)「ユーモアの正体 スイスで探求」(「SWI swissinfo.ch - 日本語」チャンネルのYouTube動画より)
(下)ユーモアについて出版されている本。ちなみにルフは、一般読者向けの本は一冊も出版していない。理由を聞くと、生真面目な顔で、「もう書店には本が溢れ返っている。そこにわざわざ自分の本を積み上げていく意味が見出せない」と返答したが、これはユーモアを効かせた返答か。実際には、研究者としての本業である論文の出版に徹した結果、というのが本当のところらしい。
(下左)『ユーモアは最強の武器である:スタンフォード大学ビジネススクール人気講義』(ジェニファー・アーカー&ナオミ・バグドナス著、神崎朗子訳、東洋経済新報社)
(下中央)『ユーモア心理学ハンドブック』(ロッド・A・マーティン著、野村亮太・雨宮俊彦・丸野俊一監修&翻訳、北大路書房)
(下右)『笑いとユーモアの心理学:何が可笑しいの?』(雨宮俊彦著、ミネルヴァ書房)。ルフとも親交のある、関西大学社会学部教授・雨宮俊彦先生による書。
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